一般道各駅停車の旅

1999年に開設したキャンピングカーの旅のHP「一般道各駅停車の旅」。その作者のブログです。キャンピングカー、旅の情報を中心に、不良サラリーマンの日常を面白おかしくお伝え出来たら幸いです。

理想を追うようになって

10年ほど前だったか。

通いつめていた店、「すみた」の店員さんの女性が

「50歳になったから、この先の人生はやりたいことをやっていく」と言って

「すみた」のパートを辞めて長年の思いがあった保母さんに転職した。

この言葉が私の心に大きく影響を与えている。

 

バブルに甘え、何のキャリア志向もなく、

消極的な理由だけで今の会社のサラリーマンに流れ着いた私にとって、

本当に「目から鱗」の言葉であった。

そっか、人生一度きり、そして自由なんだ。

そんな事に45歳を越えてようやく気がついた瞬間だった。

将来、苦労をさせまいとの両親の思いの強さと、

その両親が引いてくれたレールの居心地の良さが生んだ失敗であろう。

40年以上も主体性のない人生を歩んでしまっていた。

 

そこから一生懸命、自分の人生というものを考えた。

キーワードは「自由」と「幸せ」だ。

そこには、両親への甘えも縛りもない自己責任と自由な世界だ。

幸いにして経済的に独立するには出口が見えていた。

元々浪費癖はないので、質素に暮らせばリスクをテイク出来る環境にあった。

 

そこで私が至った結論は、先達と同様に

「50歳を越えたら、自分のポリシーに合致しない仕事はやめる」ということであった。

浪費癖に加えてサボり癖もないので、

経済的に独立出来てからも勉強や研究は楽しみながらした。

すると、我が国や我が社がいかに理想から逸脱しているかが見えてきた。

そして、何より私を含めた国民や社員が

いかに脳天気でリスク管理的に無防備であるかが見えてきた。

私は政治家ではないので、国を良くするのに果たす義務は選挙に行くことくらいだ。

その最低限の義務を果たそう。

 

問題は会社の管理職としての責務だ。

旧態然とした馬鹿馬鹿しいヒエラルキー組織への関わり合いを最低限にしたいので

上位職への任用には一切門戸を閉ざした。

あ、負け惜しみだと捉えて頂くなら、それは全然構わない。

とにかく、本当にそういう肩書に対しては消極的どころか超アンチであった。

正常な組織であればそれなりの権限と責任を持って

リーダーシップを発揮しても良かったが、

残念ながら消極的な理由で入社した3流会社であったので、

それに値する組織ではなかった。

 

それでも最前線で戦う誠実な社員たちには

私の権限の範囲でなんとか報いてあげたいという気持ちは大きい。

そんなポテンシャルを秘めた社員たちのエンゲージメントを

組織に最大限に還元させたい。

ここ8年はそんな思いで、いつ辞めてもいい会社の、

それでも私にとっては大切な仕事に魂込めて取り組んでいる。

これは、人口減少社会とコンプライアンス社会の中で

持続可能な組織として生き残っていくために

絶対に不可欠な要素だと思っているからだ。

 

そんな中で、経営陣も含めて私の組織には

そんな俯瞰した長期ビジョンをもった管理職社員が少な過ぎる。

危機感のない管理職社員は、

政治に関心がなく選挙にもいかない国民と重なって見える。

日経新聞すらも読んでいない彼らには圧倒的に情報量が少なすぎる。

そうなると、私の言う長期的な理想像と

彼らの持つ自分の生活の範囲での目標との乖離が大きくなる。

私は間違った事を言っている認識はゼロだが、

もしかして理想論ばかりを言っているのではないか?

 

そんな懸念も持った程の昨日の博多でのカンファレンス。

確かに明日食べる物にも苦労する方々に世界平和をうったえてても、

これはナンセンスだ。

この辺りで私の役割の有効性を考えずにはいられなかった。

経営者でもない私が、

こんなに俯瞰した視点で物事を語るのは、少々場違いなのであろうか?

繰り返しになるが絶対に間違った事は言っていない。

ただ、彼らにとって大切なのは、

持続可能な世の中で耐えうる組織よりも、明日の自分の給料額なのかもしれない。

ウクライナの平和よりも、自分の昇進なのかもしれない。

もしかすると、私が青いだけなのかもしれない。

 

 

Takuma@一般道各駅停車の旅

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