
本日、あるセミナーに参加して、数年前のことがフラッシュバックしてきました。
あの頃、私は自分の死について、かなりリアリティを持って意識した。
あのコロナ騒動の時の事である。
あの頃、私は自分の会社の社員と家族、そしてパートナー会社の社員と家族、
何万人の命と安全を守るために、
ある担当役員と二人で対策本部のリーダーとなり、騒動の矢面に立っていた。
当然、志願した訳でもなく、たまたまそういう立場にいたからである。
時期を同じくして2つ年下の従弟がコロナに感染し、
ICUで1ヵ月意識不明の危篤状態にあった。
コロナ初期であった為、正確な情報がないまま感染者は増え続け、
重症者や死亡者が後を絶たなかった。
一歩屋外に出るだけでも恐ろしい中、
私は対策本部のリーダーとして毎日出勤しなければならない状況にあった。
何万人の社員と家族を自宅待機にしても、
私とその役員は出勤しなければならない状況にあった。
社員と家族を守るのが仕事である。
それでも、私にも家族がいる。
私の命と人権はどこにあるのだろう?
でも、逃げ出す余地はない。
それは正確に言うと、強制力で逃げ出す余地がない訳ではなく、
逃げ出せば一生腰抜けとして生きていかなければならないという状況であった。
そんな訳で、本当にリアルに死を覚悟した。
私もそのうち従弟のように感染して危篤状態になるのであろう。
今では元気に社会復帰を果たした従弟であるが、
当時、本当の事を言うと、私は従弟は助からないと踏んでいた。
それほどまでに当時、海外からは次々と人々が死んでゆき、
葬式も出来ずに特殊な施設で焼かれるという報道が飛び込んできていた。
本日、当時のこの話について、周囲の方々からは多くの賞賛を頂いた。
それでも、そんな賞賛されるようなモノではなく、
あの時、私は全てを捨てて逃げ出したいと何度も思ってしまった。
情けない位に恐怖に怯え、震えていた。
こんな時にこんな立場であった巡り合わせを恨んだりもした。
ほんの数年前の話である・・・。
今、「生きて」いる。
今の幸せを、もっと噛みしめて、
色々な事に感謝しながら生きていかねばと改めて思った。
Takuma@一般道各駅停車の旅