
正確には「習わされていた」が正しいかな。
当時はピアノなんて「女の子」が習うモンだと思ってたから
他人(ひと)には隠してました・・・。
でも、その代わりに小学生ながら、
歌謡曲を聴くとその裏のメロディーを即興でなぞれるとか、
聞いただけで楽器に移せるとか、
イントロ当てクイズとかでも凄い正解率という能力を持ち得ました。
でも、中学に入ってギター部というクラッシックギターアンサンブルに入ると、
そんな奴らがたくさん、ゴロゴロと居ました。
それもそのハズ、その部は全国大会制覇するような常勝軍団だったのです。
そこでまた、切磋琢磨して、音楽の感性とテクニックが磨かれました。
厳かなバロック音楽をやったり、軽いポップスをやったり・・・。
それでも、14歳でロックに目覚めてしまってからは、
なんとなく「お手手繋いで、春が来た」みたいな音楽が耐えられなくて
16歳の文化放送のレコーディングを最後に別れました。
今思えば、16歳の小僧がプロのローディーの中でレコードを作るなどという
貴重な体験が出来たこと、本当に幸せだったと思います。
そしてロックバンドに入ったのですが、
これが、なんだか今ひとつ、しっくりときませんでした。
楽譜どおり弾くのは当然で、
そこに色や感情をつけていく作業をプロに付いて習ってきたボクが見たのは
楽譜どおりに弾くのが精一杯の音楽の素人さんたち・・・。
ボクはギタリストとして加入しているんだけど、
どの楽器を弾いても、絶対にボクの方がメンバーより上手かった・・・。
行き場を失ったボクの音楽魂・・・。
ボクは日本一の常勝軍団の芝学園ギター部の音楽魂を持ってるんだ・・・。
こんなところで道草をしてる暇はないんだ!
でも、そんな不満を一変させる出会いが16歳の時に来ました。
小学校時代の親友のベーシストが連れてきたドラマー・・・。
HAMANOという男。
もうね、なんというかね、感電死・・・。⚡
ボクには初めて見る光景であり、音だった・・・。
それから、ボクは小学校の友人とHAMANOと
「すごいバンド」というバンドをやっていくことになりました。
ボクの実質上の初ライブは「すごいバンド」!!
今から思えば、こんな凄いミュージシャンと一緒に活動出来たのは光栄です。
いつもライブが終わると、HAMANOは別のバンドにスカウトされてました。
「すごいバンド」のドラマーとして独占しておけないのです。
それがちょっと、あいや、すごく不満だったのを記憶しています。
でも、本当に優秀なミュージシャンは、こうやって表舞台に出ていくのでしょう。
気がつくと、ボクなんぞに、彼は遠い存在になっていました。
その頃、ボクは17歳。
ギタリストになる為に大学に行かないと両親に打ち明けた頃です。
それでも、才能がゼロの勘違いしていたボクが、
1年遅れで大学に行って良かったと思っています。
せめて、日本一の名ギターアンサンブル「芝学園ギター部」と同様に、
名ドラマー「HAMANO」と同じバンドいれた事が、
今となっても、本当に誇りです。
Takuma@一般道各駅停車の旅